かんとくの日記

Gooブログ移民。東京在住会社員の音楽・演劇・本・旅などのゆるゆる備忘録。 Since2008

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社、1985)を再読!

書棚から単行本と文庫本を引っ張り出してきた

近く「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の観劇に行く予定があるので、30年以上ぶりに原作を読み返してみた。

学生時代に貪り読んだ物語で、当時は「村上春樹の中でも特に好きな作品」と位置づけてたのだが、時間も随分経って記憶も薄れてしまっていた。一年半前に『街と不確かな壁』を読んで、作者があとがきで『世界の終りと・・・』と「並列し、できれば補完しあうものとして」書いたと述べていたが、どこが並列で何が補完なのかもピンとこなかった。残念ながら、学生時代に本作品をどう読んで、どう感じたのか、どこが当時の自分に刺さったのか全然覚えてないのである。なので、殆ど初めてのような感覚での読書となった。

改めて読み進めてみると、現実と非現実が交錯した設定の中で、スリリングな展開でグイグイと読ませるのは流石である。暗く霧がかかったイメージを抱かせる「世界の終り」と、日常の現実と荒唐無稽な地下世界が混ざり合った「ハードボイルド・ワンダーランド」のパラレルワールドに浸る読書体験の興奮は村上作品ならではだ。

表層意識と深層意識、「こころ」、自己のアイデンティティという一連の本作品のテーマは、発刊当時から30年以上経過した今においても現代人が持つ共通のテーマ(脳科学の知見はもっと進歩しているのだろうけど)。なので、謎解き・冒険のワクワク感を味わうエンタメと自己探求という哲学的な問題意識の両立が、村上作品の魅力と改めて感じた。

一方で、作者の作品は、多くのポップス・ロックなどのレトロな音楽・文化・芸能ネタが多数引用されるので、今の人が読んでもこの時代のニュアンスを理解するのは難しいだろう。また、細かい状況描写は回りくどくて、本当に必要なのかと感じる部分もある。

返す返すも、学生時代にこの物語のどこに心を震わせたのかを思い出せないのは残念。読書記録をとっておきたかった。そして今、演劇は本作をどう表現するのか。興味津々である一方で、小説を読んで出来上がった自分のイメージが演劇により書き換えられるとしたら見るのが怖い。

改めて『街と不確かな壁』も再読してみたい。まだ2年程しか経ってないが読み方も変わってくる気がする。